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Posted by チェスト at

2010年01月21日

(ネットの)絶滅危惧種

あきすとぜねこをググっていたときに見つけたHPを見てみた。
http://hwm7.gyao.ne.jp/hasu/index.htm
扱われているコンテンツのあまりの古さに目を見張る。懐かしいを通り越して興味深いものばかり。

なんといっても、そのサイト自体がブログがはやりだした結果駆逐されてしまった「私のホームページへようこそ」風のHPなのだ。

しばらく拝見した後、感じたことを書きたいと思います。

ーーー
というわけで、ちょっと拝見してこれを書いています。
いろんなコンテンツに引き込まれるような気持ちで読んでしまいました!
しかし、サイトの主は出版関係の人なんだろうか、それともライターの方なんでしょうか。新書として出版されていても十分楽しいクオリティー。

あれこれ見ていたら、ブログや掲示板もあった。
ブログを見てみたら2004年1月から始まっている。HP形式のコンテンツは2000年ころのクレジットがついていたりする。HP形式の方が圧倒的に面白い。
やっぱり、ブログは簡単で誰でもやれるけど、没個性になってしまうんだろうか。ブログが氾濫してから、ネットを見る楽しみというものが薄くなった気がする自分です。

私もこんな感じで自在にコンテンツが作れたら楽しいだろうなぁ。

そう思いつつしっかりブックマークして、時折見ることにしようっと。
  


Posted by ひで at 20:41Comments(0)

2010年01月20日

あきすとぜねこ

ラジオを聞いていたら、元バービーボーイズの女性ボーカルの寺田さん? というパーソナリティーがしゃべっていた。
このかたはリスナーからのメールを読むときに「うみ はま 公園?」などと言い出して相手のアナウンサーから「かいひんこうえん!」と突っ込まれたりする人で、勢いは良好だけどどちらかといえばガサツな雰囲気なんだけど、今日は占いの話をかなり少女チックに細かいところまでしゃべっていた。いつもと違うよ、という感じ。

その占いとは「あきすとぜねこ」というもの。

語感が面白いから覚えてしまった。(いつまで覚えているかは自信がない笑)

内容はググるとたくさん出てきます。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1G1GGLQ_JAJP353&q=%E3%81%82%E3%81%8D%E3%81%99%E3%81%A8%E3%81%9C%E3%81%AD%E3%81%93+%E3%82%84%E3%82%8A%E6%96%B9&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&aq=f&oq=

小学生くらいのときに、女子がこーゆーのにはまってたなぁと思い出したひとときだったが、男子にはまるで興味がないことではあるなぁと、ラジオを聞きながら思いました。

(追伸:ぐぐる最中に、
http://hwm7.gyao.ne.jp/hasu/index.htm
という、思いっきりタイムスリップさせてくれるHPを発見してしまった。後でじっくり見てみよう)  


Posted by ひで at 21:22Comments(0)

2010年01月19日

19世紀の教科書と20世紀の教科書の違い

人体の話には続きがあって、これにもはっとしました。
それは、19世紀の解剖学の教科書と20世紀の解剖学の教科書で大きく違うところがあるけども、それは何か? という話。自分なりに考えてみた。3万5千年不変の人体を見て、どうなっているのかそれを教科書に書く。人体の方は不変。見る側は段々と理解が深まることで「見方」というものがしっかりしてくるからより的確に書けるようになっていくわけだし、肉眼から虫眼鏡、虫眼鏡から顕微鏡へと道具も進化していくわけだから、より細かく書けるようになっているんだろうとは想像がつく。しかし、何百年とそういう作業をしているわけだから19世紀にもかなり細かいところまでわかっていて、びっくりするような内容の違いはなさそうな気がする。むしろ、そんなことがあるほうがびっくりする。

で、その本にはその答えがすぐに書いてあって、「引用の量が全く違う」のだということだった。
そういう専門の教科書を見たことがない私には意外な答えだった。

そして、もっと意外ででびっくりするそのことについての解説は、研究の対象が変化しているということだった。というのは、19世紀までは人体を直接見て書いているが、20世紀は教科書を見て教科書を書いているというのだ。
うーん。これにはうなってしまった。

直接見ることをせずに資料を見るようになるという話は、いろんな分野で起こっていることのようにもおもえる。このことの感想はまた別のときに書くことにしよう。

直接関係がないかもしれないけど、生物は発生と分化を繰り返すという言葉もあった。
それで思い出すことがある。
私が高校を卒業して少しぐだぐだしてから就職をした。県外に働きに出たのだった。学生のころは世の大人というものは学生よりさまざまな苦労をするなんてことは、耳にタコができるほど聞かされていた。そして、私も偉人伝のようなものは何冊か読んだことがあるので大人の世界にはどんなにつらいことが待ち受けているか、理不尽や不条理が襲ってくるか、一通りわかっていて心の準備はできているつもりだったのだ。
しかし、実際に社会生活が始まってみて、親元から離れて働いてみると、本を読んでわかっているつもりの知識というものと、現実今身の上に起きている寂しさやつらさというものは全く別のものだ、ということだった。実際に現実にあたってみて体に感じることと、知識というものは別のものだということがいまさらながら身をもって体験できたという経験だった。
現物にあたって考える→記録に残す→記録を検索するという流れはサイクルのようなものだし、サイクルのように同じところで繰り返さなくても、常にどこかで起きている流れなんだろうなって思うわけです。

年をとることでこういうことを考えたとしても、これは若い人へ引っ越せないことであって、若い人も年をとりながらこれを実体験してもらうしかないわけですね。
  


Posted by ひで at 23:48Comments(0)

2010年01月18日

人体と聖書についての取り止めのない話

人体と聖書の話です。
タイトルは仰々しい感じがするけど、専門的な話ではないです。

私たちの日常には「物事を判断する」という作業がつきものです。
その判断するという作業について、何が物差しになっているのかということが気になります。
優柔不断な私には、いつも、これでいいのかということが気になってしまったりするのです。
「普通はここでどんな判断になるのだろう」ということが気になり、私の判断は果たして妥当なのかどうか? 別ないい方をすると、「普通」ってなんだ? ということが常々気になったりするわけです。

しかし、物事は状況によって、そして当事者の都合によって判断の基準はさまざまに変化し、絶対にこれが正解だということはいえなさそうに思えたりします。

そんなこんなを考えているときにであったのが、この二つのもの、人体と聖書だったのです。

人体の話に出会ったのは、養老孟司先生の著書でした。
「人体を読む」、あたりに出てきた話だったと思います。「唯脳論」、「形を読む」あたりの著書を読むとこのあたりのことは詳しく出てきます。
脱線すると、養老先生と立花隆さんの著書を読んでいると、実際に自分の頭で考えて出してきたものを本当に自分の言葉で書いてある本だ、という気がしました。そういう思いもあって、自分でも同じことを考えてみようと思いつつ読み進みましたので、印象も強いです。
人体の話に戻りますと、養老先生の本に解剖学の話が出てきまして、解剖図の歴史的な変遷みたいなお話が出てくるんです。大昔紀元前くらいの解剖図というのは本当に簡単なイラスト見たいなものであり、17世紀あたりにファブリカという本が出版されて正確さというものが革命的に発達したようです。
そうしたものを時系列的に見ていきながらあれこれ解説や考察があるわけですが、はっとしたのが、「人体というものは3万5千年ほど前に現在の種が出てきてこのかたほぼ変化していない」という下りでした。つまりは、記録が残る数千年くらいの間時代とともにどんどん変化してきた解剖図は、3万5千年不変の人体を見て書かれているということです。

変わらないものを見て書かれたものが、時代と共に代わっていくということは、かかれたものの見せている変化は時代を反映しているのだ、ということです。
いわれてみれば当然のことであってなんでもないことを言っているようでもあるけど、数千年の変化を不変の視点から見直すことができるということについて、私はびっくりした瞬間でした。

人体というのが、一つの判断の物差しになりうるということです。

この様な物がほかにもあるのかと思っていたときにぶち当たったのが聖書という書物でした。
これも紀元の前後? に書かれたいくつかの文章を一つにまとめた書物なんですけど、原典は大事にされていて、第何章の何節の何行目にはどんな記述があるとかそういう引用をされたりする書物のようですけども、これが2000年ほど前にできているという事実がすごいわけです。
その同じ書物について、日本語訳がなされるわけです。
90年前の訳文と、現在の訳文を並べてみることができるということです。
そうすると、この100年ほどの間に日本語は激変しているということが見て取れそうです。
このこともびっくりすることの一つでした。

文語体の文章なんて現在は一つも書かれないと思いますけど、文語体の簡潔にして力強かったり、ときに情感豊かだったりすることを思ったりすることがあるのだけど、全く同じ文章を基に時代後とに違う訳が当てられていて、しかも文語、口語いろいろと存在しているというのが面白いなと思いました。

私が子供時代は「ツァラトゥストラはかくかたりき」というクラッシックの曲名がありましたけど、今は「ツァラトゥストラはこう語った」と聞かされるとか。
そのうち、「もろびとこぞりて」も、口語の題名が当てられたり、「主は来ませり」なんて歌詞も変えられて歌うのでしょうかね。
70歳超えの小沢正一さんは軍国少年だったそうで、その当時の大本営発表などは文語だっただろうとおもいますけど、もろびとこぞりてを聞いて「しゅわきませりって聞いて、いったい何が増すんだろう?」と思ったそうですので、明治時代? の訳がそのときすでに通用しなかったんでしょうね。

取り止めのないお話でしたけど、そんなことを考えたりする私です。
  


Posted by ひで at 13:06Comments(0)

2010年01月16日

旅の空の上空は国道だったりする

最近は仕事に振り回される生活にかまけてすっかり自分を失っているような気がしています。
昨年の12月に自転車旅行の人とお話する機会があり、そのとき思ったことがきっかけで、ますますこれではいけないなという気がしてきました。

その後、暮れの年中行事をこなしつつ見たNHKのテレビのなかで、無酸素で雪山を登山しながら自身がその様子をインターネット配信している人のドキュメントや、松井秀喜選手のドキュメントなどで、あれこれ感じることがありました。
登山の人は平凡な学生だったそうで、一念発起して役者の道を目指して上京したもののすぐに挫折、その後に登山を始めて現在に至るという話でしたけど、もともと非凡な才能を持っていた人なんでしょうね。ネット上で共感する方が多くて、サイトのファンは世界中にいるという話でした。

松井選手の話は、もうとにかく人格的に尊敬できる人だなぁという一点に尽きました。NHKオンデマンドなどで再放送として見れるらしいですから、関心のある方はぜひ見てみた方がいいと思われます。
番組を見る以前から、松井選手は人格が立派だなぁと思うことがいっぱいありました。高校野球のときに全席敬遠を食らったりしているのですが、そのことに関して「相手の監督さんの作戦ですから、どう思うということはありません」なんて答える人ですし、その監督さんの息子さんが巨人のファンだと聞いて、自身が巨人に入ったときに、巨人のグッズをその息子さんにプレゼントしたりする人です。毎試合、体が不自由な子を招待していたり、心臓手術の子に寄付をしたり、さまざまなエピソードも伝え聞きます。
私は個人的な印象として、松井選手は心の安定がどっしりしていて近くにいるだけで安心感を与えられるような感じがしています。それは私が不安定な心を持って生まれた(か、そういう育ち方をしてしまったかわからないけど)せいで、常に揺れたり流されたりしつつ今日まで生きてしまっていることと大いに関係あるのかもしれないと思います。
それと関係あるのかないのか、番組の中で、松井には子供のファンが多いのだけれど、とりわけナイーブで引っ込み思案の子も多く見かけるという話が出てきました。作家の伊集院静さんが伊集院さんの目を通してみた松井選手の2004年をずーっとレポートしていて、内面的な部分まで掘り下げて伝えようとする番組でした。で、いわく、「そうしたナイーブな感性をもっている子だけが感じ取ることのできる松井の何か魅力的な部分というものがあるのだろう」という考察が伝えられていました。
私もそうなのかもしれないと考えます。
番組では、松井選手が「いじめを受けている人たちへ」と題する文章を発表していることも伝えていました。その内容を覚えていないので今かけないのだけど、頑張ればいつか思いは届くのだから、あきらめないで、というようなことではなかったかと思います。たぶん、松井選手もそのような思いを実際にもって、子供時代からの憧れであった世界一の野球選手目指して、どんなに困難にぶち当たろうと、これじゃいけないとがむしゃらに頑張っているのでしょうね。その姿から、そのようなメッセージが出ていて、子供たちを引きつけているのかもしれません。

伊集院さんが驚いたことの一つに、松井は一度も他人の悪口をいったことがないというお話でした。ほんとに言ったことがないのですかと聞くと、はいと答える。じゃ、悪口を言いたくなったことはないのですか? と聞くと、「それは山ほどありますよ」と、躊躇なく答えたので、それもまた意外だったと。
続けて番組を見ていると、(松井は)「(他人の悪口を言わないということは)父との約束ですから」と、言っていました。

話は一気に変わりまして、幸せな人・不幸せな人についての判断基準なんてのは世の中にいっぱい存在していると思うんですけど、人間の根源的なところでの一つの判断材料として、「心の中に誰か住んでいる人がいるかどうか?」も、一つの物差しになりそうな気がします。
人間誰にでも、心の中に誰かが住んでいる。それは、亡くなってしまったおばあさんかもしれない。
もし、そういう人が心の中に住んでくれていれば、どんなに寂しい夜道をとぼとぼ歩いていたとしても、ひとりぼっちではないはず。
松井選手の心の中には、もしかすると亡くなっておられるのかもしれないけれども、お父さんが住んでいらっしゃるのかもしれない。そして、お父さんとの約束を今もしっかり守って生きている。

12月の初めに自転車旅行をしている人を見かけました。
以前は外を回る仕事をしていたので、ちょくちょくと見かけたものですが、仕事のスタイルが変わって建物の中にこもってばかりになってしまったので、久しぶりに見た気がしました。
自分もそういうことをやってみたかったけど、やれないまま年取ったしなぁ。
やった人にしかわからないことというものがある。
たとえば、今夜泊まる場所が決まっていない不安というものは大きい、なんて話とか。日が落ちてしまうと一層深刻だとかね。私はそういう経験のある人からお話をうかがって、想像してみたりする。そういう時間は楽しい時間だったりする。


鶴で有名な出水というところで仕事をして、阿久根に差しかかろうかというくらいのところで、前方に赤い色が見えた。


後ろに看板が出ていて、「日本一周」とあります。


マイペースで走っている様子。


追い越して阿久根駅ローターリーにいると、駅前交差点をそのまま南下していきました。


時間的に小学生の下校時間。


この人も日が暮れるまでに宿泊場所を確保しなきゃとか思ってるんだろうなぁという感じのオーラを出していました。


コンビニに立ち寄ったら、同じく雑誌コーナーで休憩中? だったので声かけて話をしました。


自転車用のグローブというのものは、手のひら側にパッドが入ってるんですね。
私はバイクに乗ってた時があるのですが、バイク用というのは手の甲の側にパッドがあって、手のひら側はグリップの感触などを感じ取れることが大事なので、革だけなんですよ。
握手してもらったらどんな感触なのかわかったかなと、別れた後で思ったんですけどね。
いろんな話を短時間のうちにしたような気がします。
しかし、一時間とは言わないくらいしゃべったかも。

コンビニを出たらすっかり日が落ちて月が明るい夜になってしまっていました。

だんちゃんさん? は、教員を目指すそうですけど、教え子さんの心の中に住まわせてもらえるような人になってくださいね。
では、また会える時を楽しみにしていますよ。
最後になりましたけど、旅は12月28日に終了だったんですね。無事帰着されて何より。お疲れさまでした。  


Posted by ひで at 18:20Comments(0)